66.








「付き合わせちゃってごめんね、リュート。」
振り向いてそう告げると、上を向いていたリュートが視線を戻した。
「どうかお気になさらず。」
運良く晴れたため、ティリアに告げた通り、夜空を見上げてルピスの星を探していた。
部屋からではなく、北に面したバルコニーへ移動しての天体観測に同行したのは、リュートだった。
「見つかりましたか?」
「明るい星だよね。あれかな?」
指をさしたセリナの隣に立ち、リュートは目線を合わせるように膝を曲げた。
「あの赤い星。」
「はい。見つけやすいでしょう?」
「うん! さすが、導きの星ね。」
ぱっと横を向いた至近距離に、リュートの横顔があって驚く。
「!!」
「っ、失礼しました。」
膝を伸ばし、さらに半歩下がるリュート。
「いえ、全然!」
どきどきしている胸に手を当てて、セリナは慌てて言葉を続ける。
「それにしても、ほんとーに綺麗に星が見えるね。」
「そう、ですか。」
昼間ティリアが見せたのと同じような反応に、セリナは思わず吹き出す。
セリナの感想は、それ自体が当然のこと過ぎてぴんと来ない、という表情だ。
不思議そうなリュートに、なんでもないと告げる。
(『星』は同じでも、並びは違うのか。)
北極星みたいなルピスの周りを探しても、"ひしゃく"の北斗七星は見つけられない。
ぐいっと天空を見上げた途端、ふらりとバランスを崩す。
「わ。」
「セリナ様。」
後ろへ体重がかかったセリナを、落ち着いた様子でリュートが支える。
「ありがと。」
「いえ。」
(わわ。)
今度、距離を取るために半歩下がったのは、セリナの方だった。
既に慣れた調子で助けられるのが、情けないところだが、さすがの安定感である。
「本当に、もう足は平気なのですよね?」
「平気よ。ドクターも、もう大丈夫だって。」
「それを聞いて安心しました。」
「い、今のはちょっとバランスを崩しただけだから!」
言い訳のように言い放つセリナに、リュートは思わずというように吹き出す。
「リュートには、いつも助けてもらってばかりね。」
「お役に立てているのなら、何よりです。」
言い合って、お互いに表情を緩めた後で、空へと顔を向けた。




「……。」
「……。」
同じバルコニーの上。
その端でやりとりを眺めていたアエラとパトリックは、2人して同じような表情を浮かべていた。
今日の護衛担当のパトリックと侍女のアエラも、セリナの天体観測に同行した者たちだ。
ほぅ、と感嘆したような声で呟いて、アエラが両頬を押さえる。
「すてき。」
その言葉に、騎士が小さく笑い声をもらした。
あっと口を押さえた侍女に、悪戯っぽく笑んだまましーっと指を立てて見せる。
こくこくと首を振るアエラに、パトリックが小声で告げた。
「確かにね。」
隠れるように笑いあってから、2人はそれぞれ視線を戻す。
(理想的な騎士と姫君の図。)
姫君ではなくて、女神だけど。と訂正しつつも、パトリックは頬を緩める。
並んで星を見上げるそのシルエットは、良くできた構図だ。
「……。」
羨望を込めて眺めていた隊長の背中から、視線を頭上へと巡らせる。


雲もなく晴れた夜空に、導きの星がひときわ明るく輝いていた。




























細長い筒を小脇に抱えた人物は、足早に夜道を進む。
晴れた空に輝く月と星のおかげで、夜でも明るさがある。
路地を抜けて、古びた小さな家に辿り着くと、その扉を開いた。
「遅くなってごめん。」
中に入れば、既にメンバーは集まっており、するりと空いた椅子へと腰を下ろす。
窓際で腕を組んで立っている人物と目が合って、小さく会釈した。
落ち着きなく部屋の中を歩き回っていた男は、その人物が座るのを待って、焦れたように口を開いた。
「いつまで待てばいい。」
座ったばかりの人物が顔を上げたが、男の顔が自分に向けられていないことを見て、その視線の先を追った。
見ているのは、火の入っていない暖炉の前に座っている青年だ。
「"ローグ"。」
名を呼ばれ、伏せていた瞳が開かれる。緋色の瞳が、中央の本に向けられた。
「お前が、待てというから、ここまで待ったんだぞ。」
「……。」
「考えがあると言うから、黙っていれば……接触しておいて、あっさりと手を引き、挙句の果てに"コナー"まで連れ帰るとは。」
ちらりと見られた気配を感じて、コナーは肩をすくめた。
最後にやって来た黒縁眼鏡の人物が、呟くように反論した。
「"コナー"は引き際だったでしょ。目をつけられていたんだから。」
「だとしても。警備は、厳しくなる一方だ。もう十分、待った。動くべきじゃないのか?」
机に両手を付いて、男が息をついた。
「城から出て来るっていう今回の視察はチャンスだ。」
ローグの隣に座っているコナーが、首を傾げた。
「チャンスかなぁ……、あの視察団に警備の隙なんてないと思うけど?」
「急襲すれば。」
「成功する?」
「……。」
間髪入れずに問われて、男は不機嫌そうに顔をしかめた。
「"クジャ"の真似をしたいのなら止めないけど、"使者"を捕えることはできないよ。」
「そんなの……方法次第で。」
「"ディー"、わかっているだろう。今のままでは、捨て身でも勝てない。」
ローグの言葉に、唇をかむ。
「っく。」
「"使者"と1対1なら、わからないけど。周りには、揃いも揃って手強い人物ばかり付いているよね。」
ディーから剣呑な視線を向けられるが、それを気にも留めず、黒縁眼鏡の奥の瞳を細めて先を継ぐ。
「封じるにしろ、葬るにしろ、障害が多すぎる。」
「そいつらが、動かないから、俺らがやらなきゃいけないんだろう!? 剣を向ける相手が、間違ってるって教えてやれよ!」
憤りを隠そうともしないディーに、ローグが手を上げてそれを遮る。
「真実を隠す彼らに、期待するな。」
不服そうなディーから顔を背け、ローグが向かいに座る相手に声をかけた。
「"ケイ"、それは? 何を持って来たんだ?」
横に立て掛けていた筒を取ると、ケイは蓋を外す。
「これを。」
抜き出された紙が机の上に置かれた。
「みんなに、見てもらいたくて。」
そう言って眼鏡を押さえた後で、それを広げた。
反対側で、ローグが紙の端を押さえる。
机の上に広げられたそれを、他の男たちが覗き込んだ。
「研究室で見つけた。賢者ノアが、遺した設計図。」
図面を見つめたまま、ディーもようやく椅子へと腰かけた。
「これは、魔力の増幅装置か? 共鳴の利用は、良く見る原理だが。この緻密さは、すげぇ。」
「見て欲しいのは、ここ。」
「走り書き?」
ケイの手元にある文字を見たコナーが、目を丸くした。
「……外…………『樹の外』だと?」
「私も驚いた。その小さなメモが予言と…『世界樹の外』という言葉と無関係だと、言い切れる?」
ケイは、なぞるように設計図に指を走らせた。
「もしかしたら。この装置は、"使者"への対抗策なのかもしれない。これを完成させることができたら、強大な力が手に入る。"緋の塔"や大神殿だって、はるかに凌ぐ程の力がね。」
「対抗策。」
繰り返したディーは、無意識に眉を寄せた。
古代語で書かれた式を辿っていたローグは、途中で目を離した。
「増幅効果だけにしては、複雑だな。すぐには解けそうにないが……。"ケイ"の読みどおり、威力はありそうだ。」
「あぁ、確かに。さすがは"大賢者ノア"。天才だな。」
小さく頷きながら、ディーはもう一度端から端まで設計図に目を走らせた。


「最強の魔法具。」


ローグの呟きに、設計図を覗き込むコナーが、喉を鳴らした。
「ノアの遺した物……なら、ここにも意味はある。」
変色が見られる古びた紙。
そこに記された"ノア=エンヴィリオ"の文字。
誰からともなく、顔を上げて、それぞれ無言のまま見つめ合う。
それまで会話に参加していなかった男が、静かに口を開いた。


「君たちには知識がある。」


響いた声に、座っていた者たちが視線を動かす。
1人、立っている男は窓から身を離すと、机へと近づいた。
「この設計図を読み解く力もある。君たちは研究者で、"ノア"の理解者だ。」
「……。」


「もしかすると、これが、君たちの『目的』を果たすための光かもしれないね。」


男の言葉に、再度それぞれが顔を見合わせた。


しばらく沈黙が落ちた後、ローグが手を離したのをきっかけに、ケイが設計図を丸めた。
その下から、机の中央に置かれた本が姿を現す。
その表紙には、賢者ノアの紋章が魔法陣の中に描かれた、彼ら自身を表す紋章がある。


結論を口にしないまま、彼らはその本の上に手を載せた。


その様子を見ていた男は、微かに口元に笑みを刻む。
「"先生"。」
ローグに呼ばれて、男は首を傾げる。
「どうして、我々に力を貸してくれる。」
城へと侵入した舞踏会の夜。
逃走が叶ったのは、この魔法使いの協力があったからだ。
ローグの問いに、彼は小さく笑った。




「一番、真実に近いから、だよ。」




エンヴァーリアンの手元で、『設計図』はカサリと静かな音を立てた。




















<\.願いを>へ続く

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