第2回人気投票 お礼SS













『魔法を解くもの』








―――バラが散るまでには。








「うわぁああ。」
机の上に飾られたソレに、食い入るような視線を向けつつセリナが目を輝かせた。
「浮いてる。ほんのり光ってる。」
円柱のようなガラスドームのケースの中にあるのは赤いバラ。
「このまま飾っておくの?お水いらないの?」
部屋に届けられた物からようやく目を外して、こちらを振り向く。
「そのままでいい。」
答えてやれば、へぇと感嘆の声をもらして、彼女の視線は綻び始めのバラへと戻る。
さっと置き場所を整えたイサラは、一歩後ろへ下がると頭を垂れた。
「まだ咲き切ってないけど、これから花びらが広がるの?」
「あぁ。切り花より、長く楽しめはずだ。」
「魔法なのよね。キレイ…。」
観賞用の花で、セリナに献上されたのは中でも特に出来の良い品だ。
「これって、まるで『美女と野獣』のあのバラみたい。」
嬉々とした声に、ジオは僅かに眉を寄せた。
「ビジョト…?これを知っているのか。」
「えぇと、似たものを知っているんです。実物見たのはもちろん初めてですけど。」
言って、セリナが再び振り向く。
「これは、魔法省が現在開発中の品で、希少なものだ。」
まだ市場に出回らないため、高嶺の花とも言われている。高値、とかけた軽い皮肉も含まれているのだろう。
「魔法はない、と言っていたはずだが。」
「あ、いや。ないですよ?存在しない…と思う、もちろん。」
「でも、これを知っているのだろう?」
歯切れの悪い相手に重ねて問えば、あーと唸ってから曖昧な笑いを見せた。
「『美女と野獣』っていう話に、こういう感じの魔法のバラが出て来るんです。それで。」
「魔法がないのに、なぜこれを作ることができる。」
「あれ?なんか変なスイッチ押した?ねぇ、押した?って、イサラどこ行った?」
部屋から消えたイサラの姿を探して、セリナはきょろきょろと視線を動かす。
一礼した後、退室して行った侍女に気づいていなかったらしい。
隣にあったソファに腰を掛けて、セリナを見上げる。
「どういうことだ。」
「んー、まずですね。現実的にこれが作られたわけではなくてですね?」
「…構想があっただけか。」
「なんか修正しにくい誤解がある気が。」
もごもごと何か呟きながら、セリナは向かいのソファに座る。
テーブルの上には、イサラが用意したばかりのお茶が2客置かれている。
「物語の中に登場するそれに良く似てるから、『わぁ、フィルゼノンでは本物ができるんだ』って思っただけで。」
軽い気持ちで言ったのを、掘り下げられるなんて想定外。とセリナは、お茶に手を伸ばして言葉を濁した。
バラに目を向けてから、ジオはふむ、と腕を組む。
「どういう物なのだ、それは。」
「どういう…。」
問われて、セリナは目を瞬く。
首を捻りしばらく考え込んでから、セリナが姿勢を正した。
「えぇと……昔々、あるところに。」




とても傲慢な王子が住んでいる城がありました。
ある嵐の夜、醜い老女が城を訪ねて来ます。一輪のバラをあげるかわりに一晩泊めてほしいと頼まれたのですが、王子はそれを断り追い返そうとしました。その態度に怒った老女は美しい魔女の正体を現し、王子を恐ろしい野獣の姿に、召使いたちを家財道具の姿に変え、城全体に魔法をかけてしまいます。
魔女は一輪のバラを残し、その花びらが散るまでに「真実の愛」を見つけなければ、かけた魔法は永遠に解けることがないと言い置いて消えてしまったのでした。


時は経ち。
片田舎に、父親と2人で暮らすベルという美しい娘がいました。本ばかり読んで、空想の世界に浸る彼女は「美人だけど変わり者」だと町の人から思われていました。
そんなある日、出かけたまま父親が帰らず、心配したベルは探しに出かけるのですが、やがて迷い込んだ森の奥深くで大きな城へと辿り着きます。そこで父親を見つけたものの、父はその城の花を盗もうとして、城の主である野獣の怒りを買い、捕えられていました。聞けば、その花を自分へのお土産にするつもりだったと。牢の中で体を壊しかけている父親を助けるため、ベルは身代わりとなり城に残ることを決意します。
ベルを迎え入れたその城の使用人たちは、みな「もの」でしたが、みな親切でした。けれど、心を閉ざした野獣は失礼な態度ばかりで、怒ったベルは城を飛び出します。町へ戻る途中で狼に襲われ、危ないところを野獣に助けられたベルは、野獣の優しさに気づきます。野獣もまた、ベルがいなくなり寂しさを感じたことに気づきます。お互いの心が少しずつ近づく中で、野獣は徐々に人間らしい心を取り戻していくのでした。
やがて野獣は、父親を心配して沈んでいるベルを気遣い、彼女への愛情を自覚しつつもベルを解放し町へ帰らせることにします。このまま離れれば、2度と呪いが解けないことはわかっていました。既にバラの花びらは残り少なくなっていたのです。
無事に町へ帰ったベルでしたが、父親の口から野獣の話が町に広まってしまいます。町の人たちは、野獣を恐れ、彼を倒そうと城を襲います。失意の野獣は一方的にやられるばかりでしたが、騒動を止めようとベルが駆けつけます。彼女が城へと戻って来たことで気力を取り戻した野獣は、なんとか襲撃を退けることに成功しますが、既に息絶えかけていました。最後の力で、野獣は愛と別れの言葉をベルに告げます。その亡骸にすがり、ベルも野獣への愛を告白するのでした。
バラの花びらは、もう1枚も残っていませんでした。


けれど、その時。


天から光が降り注ぎ、野獣は王子だった頃の姿を取り戻し、息を吹き返しました。ベルの愛により、ついに魔女にかけられた呪いから解き放たれたのです。
こうして2人は結ばれ、末永く幸せに暮らしました。






「おしまい。」
語り終えてセリナは、ジオを見た。
「作り方は?」
「え?」
「作り方が省略されているが…。」
「なんの。」
「これの。」
コレの?!
「そういう話ではないのか。」
それを聞くために話を振ったらしい。よく最後まで我慢したものだ。途中で、難しい顔をしていた意味が今更分かった。大部分が関係ない。
「えっと、ごめんなさい。このバラをどう作るとか、そういう話じゃなくて。話の一部分で…このお話の魔女は、それがさっとできるんです。」
「おかしなことを。これが、そんなに簡単に作られるなどと。」
「そこは、あんまり問題にならなくて。魔法だからできちゃう!って感じだし。この話は…なんていうか、外見に惑わされずに、内なる真実の姿に目を向けなさいって話で。」
「ふむ。」
納得したのかと思いきや、ジオは不満げな顔を見せた。
「これでは、参考になりそうにはないな。」
なんだか呆れたように告げられる。
「参考…。」
「咲いていた期間も、散るまでのリミットも、実に曖昧だ。まったく、魔法省の研究に役立つかと思ったのだが。」
(役立たずって感じがひしひしと伝わるけど、絶対私は悪くないよね?!)
「私の国では、魔法は架空のものなんです。こんなふうに、浮いたり光ったり…水もないのに枯れずにバラが咲くなんてことアリエナイ。」
「この国でも、さっきの話は荒唐無稽だ。」
少し考えて、セリナは口を開く。
「人が獣になんてならない?」
「魔法での呪いが、真実の愛とやらで解けるというくだりだ。」
「クライマックスを否定されると…。」
「まぁ、物語とはそういうものか。」
(なんと。)
本気で知識を求めてきた口が今更、当然の事実を言う。
「だからお話だって言ってるのに…。」




立ち上がりバラのケースに両手を添えたセリナが、不服そうに口をとがらせる。
その姿を眺めながら、ジオは腕を組む。
「似ているな。」
「?」
こぼれていた言葉に、セリナが顔を上げた。
「………さっきの主人公に、セリナが似ていると言ったのだ。」
「…。」
疑惑の目を向けられたその表情から、「どこが?」と言葉が聞こえてくる。
「『無い』はずの魔法をあっさり受け入れてしまうところが。」
理由を口にすれば、セリナの表情から険が消えた。
「城中のモノが動いてしゃべれば、この国の者でも驚くだろうよ。」
「私の常識は…ココでの常識ではないと。目を開いた時から、思い知らされたからよ。世界が違うなんて、物語の中みたいなこと。まさか、って思ったけど。拒絶することもできないでいただけ。」
セリナは、気まずげに目を伏せる。
「そんな話の本なら、たくさん知っているし。」
「本好きの変わり者…という点も類似か。」
「そこを取り出して当てはめるの?!私、変わり者なんかじゃ…!」
抗議の声を上げたが、セリナは途中でトーンダウンした。
「いえ、まぁ、この状況だから…変わっていると言われると、否定しきれない部分もあるかもだけど。」
「認めるのもどうかと思うが。」
「う、それもそうですよね。」
あらぬ方向を見つつ応えたセリナは、ぱっと顔を上げて、話題を変えた。
「これ、ありがとう。」
両手で包んだバラのケースを視線で示す。
「?」
「お礼、まだ言っていなかったので。」
「…そうか。」
気に入ったらしい様子を横目に、意図せず音になった言葉をごまかせたことにジオは息を吐く。
『似ている』と思ったのはセリナに告げた部分だけではない。
黒い髪と瞳の少女を"女神"に仕立て上げた自分は、老女の姿に惑わされた傲慢な王子とさして変わらない。外見に惑わされず真実の姿を見るべきは、己かもしれない。
(いや、それどころか…。)
淡く光に包まれたバラに目を向ける。
(野獣のように。相手を思って、途中で手放すことなどできるかどうか。)
「どうかしたの?」
赤いバラを映していた黒曜の瞳が向けられる。
首を傾げる彼女には、告げることができない言葉を胸にジオはバラから視線を外す。
「いや、なんでもない。」
不思議そうな顔を見せたセリナだったが、すぐに表情を緩める。
「これ、長持ちするなら視察の間に散ったりしないですよね?」
確かめるような疑問に、ジオはあぁ、と頷く。
なら安心した、と呟くセリナに、ジオは肩の力を抜きソファから立ち上がる。
咲き切るのは、もう少し先になるだろう。室内なら一月はもつはずだ。
「…。」
向かう西の地で、手掛かりが見つかることに過剰な期待はしていない。
けれど。
物語のヒロインが、城の呪いを解いたように。この国にしがらみのない彼女なら、古の言葉に告げられた女神なら、あるいは。
そう考えた上で、付け足しのような「想い」を乗せるのは、エゴか偽善か。
「?」
知らず、セリナを見つめていたらしく、相手が居心地の悪そうな表情を浮かべていた。
「言い忘れていたが、ケースを開けると魔法が解けるからな。」
「え?!は、はい。気を付けます。」
どうでもいいような情報を伝えて、ジオは部屋の扉に手をかけた。










―――幸せに暮らしましたと、最後にそうある未来を。


(望む資格など…ないだろうに。)
浮かんだ想いを否定することも違う気がして苦笑が滲む。






愛などでは、この呪縛は解けない。
魔法を解くもの。
未だ、その正体を知らず。


窓から見えた空に、足を止める。
(まぁ、それでも。あのバラが散るまでには、なんとかしたいものだな。)
自嘲の笑みを引っ込めて、ジオは前を見据え再び歩き出した。












<あとがき>


第2回人気投票のお礼、1位を獲得したジオをメインに据えた短編のお届けです。
たいへん長らくお待たせしました。もう何のお礼だかわからないほど遅くなってしまいました。。。しかも、一部セリナ視点。(爆


『美女と野獣』ネタです。甘くならなかった。
初めは、王が王子で野獣なお話だったんですけどね、世界観を本編に合わせて書き直しました。原作よりに流れを追ったジオとセリナの『美女と野獣』…途中の壁が厚かった。
そんなこんなですっかり時間がかかってしまいました。m(_ _)m

作中『美女と野獣』のあらすじについては、知っている物語をミックスした流れになっております。ベルって3姉妹の末っ子だった気がする。
父が町に出かけるので、娘たちがお土産を頼むんですよね。で、ベルが季節外れのお花を希望するものだから、父がうっかりお城に咲いた花を欲しがって…(姉たちは服とか宝石とかを希望)、その花を渡す代わりに、姉妹の誰かを寄越せとかいう約束を野獣としちゃうパパさん…改めて考えると、おいおいっていう。


さて、単発作品でありながら、サイドストーリーっぽくもありますが。
お読みいただきありがとうございました!!




INDEX≪