37.








「え……。」
驚きの声を上げたのはセリナだけだった。
(何、各々に処分って?)
不可解だという顔をしたセリナにジオは僅か嘲笑した。
「自分の行動がどういう結果を生むか、考えてなどなかったか。」
ジオの言葉に、セリナは目を瞬かせる。
「護衛の兵士は、貴女がいなくなったとわかった時に即刻任を解いた。」
「え?」
「今後、あれが守護騎士に立つことは一生ない。」
きっぱりと言い切られた言葉に、セリナは狼狽する。
「ちょ、待って。なんでそんなこと……。」
「当然の処分だろう。」
「処分って、あの衛兵はなんの関係もないでしょう!?」
ジオは眉をひそめた。
「関係ないわけないだろう。対象者の把握もできない護衛など役に立たぬ。」
「!!」
(そりゃ、気づかれないようにしたけど。)
挨拶を交わして、気を回して少し離れた場所に控えてくれた兵士。
アエラのお願いに素直に頷いてくれた親切な人。
(兵士の詳しいことはわからないけど、私のせいで彼の可能性を1つ奪った。)
血の気が引いていく。
(私……あの衛兵の心配なんて一度もしなかった。)
自分の行動で周りにどんな影響が出るのか、考えたことがないわけではないのに。
こうなってみて初めてセリナは自分の甘さを理解する。
「エリティス隊長。」
「はっ。」
「あの者を警護に選んだ隊長にも責任の一端はある。そなたの現状を考慮して執務を取ることは許可するが、明日より5日間北の宮への出入りを禁ずる。」
「はい。」
「イサラは、アエラの監督責任違反として3日の謹慎を。ただし、アエラの代理として世話役が必要であることから、これを減給に置き換えそなたの処分とする。」
「御意。」
「それから、東門及び外門の警備担当者には……。」
続けられる言葉に、セリナは愕然とした思いを抱く。
(なんてこと。)
最初とは別の気持ちで部屋を見回した。
ばれれば怒られることや処罰を受けるだろうことは覚悟していたが、計画に無関係の人にまで火の粉がかかるとは思わなかったのだ。
「―――ので警備を見直せと。この件は伏せたままで、総隊長にクルセイトから申し伝えよ。騎士団長にも、もう一度厳命を出せ。」
「畏まりました。」
このところ甘さが目立つ警備体制に、ジオは苛立ちを覚えていた。強化策については総隊長指揮下の元で進める決定がなされているが、まだ徹底されるに至っていないらしい。
魔法壁に守られているという環境が兵士たちに慢心を起こさせる感は否めない。日常的に人の出入りがあるのだから、万能ではないことは明白にも関わらず、だ。
「今回の件を公言するつもりはない。よって処分も内々のものとするが、各々自らを省みるように。」
「はい。」
頷く周りとは違い、セリナは唇を振るわせた。
(そんなつもりじゃなかった。)
それは今さら遅すぎる言い訳だった。
「待って……ください。悪いのは、わがままを言った私です。お願いだから、関係ない人まで巻き込まないで。」
それは懇願だった。
目を細めたジオが僅かに首を傾げる。
「巻き込んだのは貴女だろう。ここにいる者を『関係ない』と切り捨てる心根にも恐れ入る。」
わざとずるい返し方をしているのだと気付いて、セリナは表情を曇らせた。
「そういう意味じゃない。処分なら私だけでいいでしょう。」
「セリナ様だけ、というわけにはまいりませんわ!」
律儀に反応してアエラが声を上げる。
「量刑を自分で決めるのか? 理由もなく、他人の減刑を行使する権利が貴女にあるのか? ずいぶん理不尽だな。」
「理不尽?」
「そうだろう? 理由無く刑を減じることができるなら、同時に理由無く刑を重くすることが罷り通るということ。そんな理不尽を許容できるわけがない。」
「そんな……。」
ただのヘリクツだと反論しかけて、気づく。確かに感情で人を裁けるはずがない。




ジオは声を詰まらせたセリナからアエラに視線を移す。
「アエラ=マリン。主の言うことならなんでも頷くのか。なんの考えもなしに?」
「……え。」
「主を諫めることも弁護することもなく、ただ付き従う。それは忠誠とは違う。」
アエラは一度セリナを見て口を開いた。
「おっしゃる通りです。けれど、今回の件についてはセリナ様が語らないのであれば、侍女のわたしが申し上げることは何もありません。」
「こ、こらアエラ。なんということを……!」
イサラが慌てて口を挟む。
ジオは柳眉をひそめて、吐き捨てるように呟いた。
「こちらの気も知らないで大層な口を。」
「陛下。」
クルスに呼ばれて、ジオは語りすぎたことに気づく。
北庭の神殿での襲撃は氷山の一角だ。エンヴァーリアンの存在以外にも、懸念事項は多い。具体的な事実を知らなくとも危険度を考えれば、十分な対策もなく城の外へ出るのが自殺行為だということは明らかである。
時機を見て、状況が整えば、と先延ばしにした判断は当然のことであった。
セリナの中で、『犯人逮捕』で先の一件が完結しているなら、わざわざ蒸し返すこともないが、周囲はそうもいかない。
「どうせ、城に閉じ込められているのが嫌になって、飛び出してみたかったのだろう。外へ出て存分に羽は伸ばせたか? 挙句、はぐれて絡まれていれば世話ないな。」
そうこぼしたジオの言葉に、思わぬところから声が返された。


「そんな! セリナ様にはセリナ様の考えがあるのですわ。いくら陛下といえども、あまりに酷い言いよう!」


部屋に響いたのはアエラの声。
アエラが王に噛みついたのは思わずの行動だった。
ただ遊びに出かけたのではないとは理解しているつもりだった。
(わたし、これまでセリナ様のこと何も知らなかった。)
考えもしなかったのだ、セリナの境遇など。
天の使いであるということだけで、それ以前の彼女の過去など気にしたこともなかった。
(何も知らなかった、知ろうともしなかった。両親を亡くされていることも、苦労をされたのだということも。)
何より。
(あんなふうに楽しそうに笑われるのだということも。)
仕立て屋のお店で、笑っていたセリナは城の中にいる時より楽しそうに見えた。
悩んだりふさぎ込んだりしていたセリナが、元気になって嬉しかったのだ。
アエラは自分の言葉ながら『セリナの考え』がなんなのかちっともわかっていない。
(けど、決して遊びたくて出かけたんじゃない! はぐれたのはわたしが不甲斐ないから!)
本当はもっと大声で『弁護』したかった。
悪くなどないのだと、言ってしまいたかった。
(これ以上セリナ様に傷ついて欲しくない。あの笑顔を曇らせるようなことをしたくない。)
「アエ……。」
声をかけようとしたセリナより先に、イサラが動いた。
「アエラ=マリン。口を慎みなさい。」
「けれど!」
お黙り、アエラ! なんという不敬な振る舞いです。自分が何をしたかわかっているのですか!!」
怒りを含んだ声にアエラはビクリと身を引いた。
「こんなことをして、クビにならなかったのは国王陛下の温情! その陛下に向かって一介の侍女であるあなたが意見するなど無礼にも程がある!」




身を縮こまらせたアエラの姿に、セリナはおろおろするしかない。
イサラが怒っている。
アエラが怒られている。
どちらかが悪いわけではないのに。
クラリと世界が揺れた。
こんな諍いの原因を作ったのは他でもないセリナ自身だ。
(私、何やってるんだろう……。)
セリナは頭を押さえる。
(ティリアさんを傷つけて、周りに迷惑をかけて。)
こんな光景を知っている。
(私のせいで……。)
―――あんなにいい人がねぇ、本当に惜しい人を亡くしたな。
蘇る声に、視界が一瞬ブラックアウトした。








「―…ナ様?」
声をかけられて、セリナは肩を揺らす。
「あ。」
気が付けばいつの間にか隣にティリアが座り込んでいた。
「お顔が真っ青ですわ。」
「平気、もう大丈夫です。ごめんなさい。」
「陛下、今宵はもう。」
「わかっている。」
ティリアの言葉に、短く答えてジオは立ち上がった。
部屋の扉を開けたイサラが頭を下げる。
退室しかけたジオだったが、足を止めティリアを振り向いた。
「ティリア姫も今夜は部屋へ戻られよ。」
「お言葉ながら、陛下……。」
ちらりと顔色の悪いセリナに視線を向けて、言い淀む。『1人にはできない』と。
ティリアの心情を察して、ジオは淡々と告げた。
「ララノの助手が側に付く。」
あ、と唇を動かしてティリアは、部屋の外で待っていたらしいララノとその助手が入室する様に目をとめた。
専門の相手が側に付くならば、ティリアにできることはない。
「……承知いたしました。」
「私は大丈夫です。」
笑みを浮かべたセリナに、申し訳なさそうな表情を向けてからティリアは立ち上がった。
「……。」
すれ違う時に小さく会釈を寄越したティリアに、ララノは無言で頷き返す。








先刻のこと、セリナの治療に呼ばれ処置を終えたララノだったが、部屋を出るとジオが待ち構えていた。
「これはこれは、陛下。」
「念のため、今夜は女性の"ヒーラー"を側に付けておけ。」
「"ヒーラー"ですか?」
ヒーラーとは、治癒魔法に秀でた医療従事者を指す。王宮所属医ではララノの他、助手に数名有していた。
前置きもなく発せられた王の言葉に、セリナの軽傷に安堵したばかりのララノは眉を寄せる。
「乱用で処方はできませんぞ。」
「……感じた恐怖を緩和できればそれでいい。」
告げられた言葉に、ララノはさらに眉を寄せた。
なぜ『女性』なのかに気づいて、深々と頭を下げる。
「すぐに手配しましょう。」
セリナの部屋へと入って行くジオに背を向け、ララノは適任者を呼びに一度医務室まで戻ったのである。




(念のため、というのが救いじゃな。)
退室していく面々を見送ってからセリナに向き直る。
顔色の優れない女神へと、ララノは安心させるように笑みを浮かべた見せた。








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