33.








初めにいた賑やかな通りからだいぶ離れ、一度住宅街らしきところを通り抜ける。
ファファたちの仕事の都合で、途中で何度か荷物の受け渡しのため馬車が止まり、再びちらほらと商店が見え始めたころ、ダンは馬車の速度を落とした。
それが合図だったかのようにファファが振り向く。
「そろそろ店に着くんだけど、あんたら時間はあるかい?」
「え?」
「もうお昼だからね、良かったら教会に行く前に腹ごしらえして行きなよ。」
セリナとアエラは2人で顔を見合わせる。
悪いからと辞退しようとして、ファファに先を越された。
「遠慮は要らないよ。何、そうだね。荷物を下ろすのを手伝ってくれると助かるの。急いでるなら無理にとは言わないけど。」
太陽はずいぶん上がり、影は短くなっている。
言われてみればお腹が空いてきた、とセリナは無意識に手を当てる。
同じ動きをアエラもしていて、再び視線を合わせた2人は笑った。
「それじゃ、お言葉に甘えて。」
「ありがとうございます。」
どういたしましてと、にっと明るく笑顔を浮かべてファファは応えた。
それからいくらもしないうちに、ダンは馬車を道の端に寄せた。
「お店、ここですか?」
「あぁ。」
アエラの言葉にダンが頷く。
見れば看板にハサミと糸巻きの絵が描いてあった。店の名前らしき文字が書かれているが、セリナには読めないので小声でアエラに尋ねたら「仕立屋・リィールです」と教えてくれた。
(どうりで。渡したりもらったりしてたのが、服や生地だったわけだ。)
ショーウィンドウには針金のマネキンに服が飾られている。
「すごい、きれい。」
女性用のその服に、セリナは思わずため息を吐いた。
「もういい時間だね。昼ご飯の準備をしてくるから、荷物運ぶの頼んでいいかしら?」
「もちろんです。」
よし、と頷いてファファは店の中へと入っていった。
荷台から降りた2人はダンの指示に従って、生地や箱を店に運び入れる。馬車が空になると再びダンは御者台に上った。
「車を回してくる。セアたちは店の奥へ行くといい。」
「はい!」
元気のいい返事をしてから、セリナは店へと入る。
同じような返事をしたアエラだったが、先を行くセリナを見つめて僅かに首を傾げた。
「アエラ、何してるの? 行くわよ。」
「あ、今行きます!」
振り向いて待っているセリナに慌てて駆け寄る。
「どうかした?」
「いえ。」
そう答えながらなぜかアエラが嬉しそうに笑った。




「じゃぁ、息子さんがいるんですか。」
「そう、今は東部で修行中。腕のいい仕立て職人になって、この店を継いでくれるって……それが私たちの夢でもあってね。それまでは、この店をしっかり守っていくつもりさ。」
出来立てのスープをお椀に注ぎながら、ファファはセリナに向かって嬉しそうに語る。
「東部。文化が隆盛しているから、職人さんも多いんですよね。」
「そりゃそうだ。戦争の影響も少ないし、西と東じゃ同じ国でも大違いだね。」
ちらとセリナを見て、小声で付け加える。
「セアも東方部の出身だろう?」
いくら田舎者でも西にいれば戦争について知らないはずがない。
セリナは曖昧に笑って見せた。
「家族は?」
「いません。母は小さい時に病気で、父は3年前に事故で。兄弟もいないし。」
「それから、ずっと1人で?」
籠にパンを入れながら、セリナは首を振る。
「親戚にお世話になりながら、暮らしてたんです。とても良くしてくれる親切な人たちだったんですけど……。」
言ったきり次の言葉はどうしても出てこなかった。
親切だった『けれど』、セリナの家族では『ない』。つい先程首を振って否定したが、結局"1人"だったとセリナはどこかで感じているのだ。
食器を並べていたアエラが戻ってきたが、その場の雰囲気に台所に足を踏み入れることができない。
「そうかい。」
4人分のスープをトレーに載せたファファは、セリナの前に立つ。
「そりゃ、セアもいろいろ苦労したね。」
不意の言葉に、笑おうとして失敗する。
ファファの大きな腕がセリナを抱き寄せた。
「あんた、よくがんばったよ。捻くれずにまっすぐないい子に育って、ご両親の愛情だね。」
「そ、んなことない。捻くれてますよ……私、厄介者だったし、変な意地で自分守ってたし。」
鼻の奥がつんとした。そんなことを言ってもらえる資格などない。
(惨めだとか、可哀想だとか……思われたくなくて虚勢を張っていた。なんでもないように暮らしながら、己の境遇を恨んでた。)
それが、まっすぐないい子であるはずがない。
(苦労したねなんて……がんばったなんて……そんなの。)
何も知らないはずなのに、どうして目の前のこの女性はそんな言葉をかけるのだろう。
(会ったばかりなのに、どうして私を認めてくれるの。)
セリナの心に様々な感情が沸き起こる。
切ない、悲しい。
どうして会ったばかりの彼女に見透かされなきゃいけないのか。
でも、嬉しい。
肩を抱く手はとても温かかった。
「捻くれてる子は、あんないい顔で笑ったりしないよ。」
自信満々に言われ、思わずきょとんとファファを見返す。近くで凝視してから、はっと目の色のことを思い出して下を向く。
「セア、あんた不思議なコだね。うまく言えないけど……。」
気を抜きすぎたかと、焦りながらセリナは視線を泳がせた。
「なかなか魅力的だよ。」
「はい?」
続いた言葉にセリナは間抜けな声を出した。
(全然ばれてない。眼鏡越しだから? それとも髪の色が違うから?)
今の外見では"黒を纏う者"には到底見えない。さらに言うならまさか本人が目の前にいるとは思わないだろうから、そこまで連想しないのかもしれない。
(髪変えて、この世界の服着てたら馴染めるってこと?)
先入観に左右されるということかもしれない。この場合、ありがたい話であるが胸中は複雑だった。
「ほら、笑いな。かわいい顔が台無しだ。」
つんとおでこをはじき、反転させたセリナの背中を叩いた。
「いた!」
一気に湿っぽい空気が飛んで、セリナは吹き出した。
「はは、セアはパンを運ぶ。アエラはこっちをお願いね。」
入り口に突っ立ったままのアエラは慌てて頷く。
「さぁ、ご飯にしよう。」
「「はい!」」
「やっぱり、女の子がいると華やかでいいねぇ。」
感慨深げにファファが呟いた。








「いろいろとご親切にありがとうございました。」
店の前でセリナは深々と頭を下げた。
「ありがとうございました。」
アエラもそれに倣う。
「こっちも、話し相手になってくれて楽しかったよ。」
「教会まで送って行けたらいいんだが、悪いな午後からも配達があるからよ。」
「いえ、ここからなら近いですし。ここまで乗せて来てもらえただけでも十分です。」
ダンの言葉に、アエラが手を振る。
セリナとアエラを両手に抱え込んで、ファファは2人の頭を撫でた。
「気をつけてね。またいつでも遊びにおいで。」
まるで小さい子でも相手にするような仕草に、照れながらもセリナたちは頷いた。
仕立屋リィールを後にして歩き出す。
「ここから歩いてすぐです。」
そう告げたアエラは、黙ったままのセリナを不思議そうに見上げた。
「どうかされたんですか?」
なんでもないと首を振ってから、胸に手を当てた。
「ちょっと、感動してるだけ。」
「え?」
「すごいね……皆すごく親切。ここに来るまでに会った人たち皆が。」
元の世界でも、こちらに来てから今までもずっと狭い世界を見ていた。
外へ出て出会った人が優しかった。
(ただそれだけで。)
「温かくて胸がいっぱいになっちゃっただけ。」
「まぁ……。」
セリナの言葉に感動したのか、アエラの瞳が潤む。
「よし。あと少し、教会へ急ごう。」
「はい!」








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